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ポジローぽけっと

昨日より今日、今日より明日を信じて、トライトライ

何で物理学をするのか?

いずれ死ぬのになぜ凡庸な僕が物理学をするのか?
僕は学問というのは人類の一部の天才たちが確信を持ってやれば十分だと考えるので、極端だが凡庸な人間は学問をやる必要がないと考えている。「やるべきでない」とは言わないが、人間を「情報を紡ぐ者」と捉える以上、新たな知識想像ができない人間は、なるべく次世代に劣化した情報を伝えない次世代を育てることに注力すべきだと思う。それが教育であり、こどもに豊かな愛情をもって施すことであると思う。僕は在学中に杉山先生に出会えて、物理学を知って大変自分のためになったと思う。論理的に考えることを遅まきながら学び、物理が哲学と関わることを肌で感じ、「不思議だな?」と感じられる幸せを手にすることができた。さらに松崎君という人にも出会えたし、千葉さんにも会えるようだ。

ストイックさが足りないんだ。気づくのが遅かったんだ。致命的な理由を僕に与えてくれる。僕は怠け者なので、のんびりゆっくり自分のスピードで考えたいのだが、仮にドクターになっても時間に追われて結果が出なくて焦って嫌になるのは目に見えている。プロでやっていくほどの精神力も情熱も足りないんだと思う。

それでも僕は物理学を続ける。短い時間を割いても。なぜだろう?解っているのは、僕は勉強でも楽しいのだ。他の人が見つけたことだからって構わない、ただ知らないことを知り、この世界の「捉え方」を与えてくれ思考させてくれる物理が好きなのかもしれない。ただ苦しいのは、どんなに数式で書けてその意味を知っても、この世界とどこか隔たりがあるように感じてしまうのだ。確かさがないのだ。それは僕が徹底的にやってないからかもしれないし、別の理由があるからかもしれない。この解離した感じはなんだ?辛い。
だからまず徹底的にやってみる前者から行ってみようと思う。